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僕らが短歌(うた)を詠む理由(完結編)

岡本雅哉です。すみません、名前を入れ忘れましたので再送信いたします。ようやく完結します。細切れで内容をお忘れになってしまったかもしれませんので、まとめてみました。よろしくお願いいたします。

大変遅くなり申し訳ありませんでしたが、こちらのblogに投稿しようと思ったきっかけをお知らせしたいと思います。
はじめは、眞鍋かをりさんとの対談「ウェブログ虎の穴」を拝見して興味を持ち、リンクで飛んできてこちらのサイトを見ると本当にみなさん楽しんでそれぞれの感性のままに歌を詠まれており、ムラムラと「僕もやりたい!僕にも突っ込み入れて欲しい!」との思いが湧きました。

しかし、投稿はトラックバックのみということがネックであり、その時点でブログを始めるのは何だかめんどくさいと思っていましたが、実はもう一つの理由がありまして、「なまじっか…」というサイトを立ち上げ、投稿を開始いたしました。これ以降は長くなりますし、個人的な内容なので、ムリして読んでいただかなくとも結構です。以下記憶を頼りに書いてみます。分割になるかもしれません…

ぼくは東京都の郊外にあるH市の小さな町に生まれ育ちました。幼稚園も地元に通い、同じく地元の小学校に。
一年生のとき、クラスにMちゃんという仲の良い女の子がいました。彼女とは幼稚園が一緒でしたが組が一緒になることはなく、顔を一応知っているくらいの関係でしたが、小学校に上がって仲良くなったのでした。彼女とはいつもテレビの話や読んだ本の話などで盛り上がりました。ある日などは、二人で共謀して「あっ!UFOだー!」と空を指差して、クラスメートが大騒ぎする姿を見て二人で笑いあったこともあるお騒がせコンビでした。
しかし、その楽しかった日々は長くはつづきませんでした。僕たちは第二次ベビーブーム世代で、通っていた小学校の一年生のクラス数が非常に多かったため、二年生からは学区が二分されて片いっぽうは新設の小学校に通うこととなりました。
Mちゃんは気になっていた存在ではありましたが、まだ“つきあう、つきあわない”とか思いもしなかったうぶな僕は、とりあえず好きだった思いを伝えようと妹から女の子が好みそうなレターセットをもらい、つたない字でお別れの手紙を書きましたが、終業式の日、あと一歩の勇気が出せずに手紙は渡せず、なさけない思いとともに川に流してしまいました。
それから、僕たちは別々の小学校に通うようになり、僕はまた他の子を好きになったり、キライになったりして小学校時代が終わり、地元の中学校に進学しました。
その中学校には、小二のときにできた新設校からの卒業生も通ってきておりましたが、入学当初はその後の展開は全く予想していませんでした。
中学一年生としての生活にもようやく馴染みはじめ、部活も母親の勧めで軟式テニス部に入り、クラスにも何人か友人ができた頃、事件は起りました。

ある日、体育から帰って教科書を取り出そうと机に手を入れると、何か“カサッ”という手触りがしました。
「何だろう」と思い、その軽い手触りのものを指でつまんで取り出すと、一通の手紙でした。
思いもよらぬ展開に当惑しながら、裏を返し差出人を見ると、なんとMちゃんの名前がありました。
一瞬、何事が起こったのか把握できずぼーっとしてしまいましたが、しばらくすると小学校一年生の頃のMちゃんとの思い出が脳裏にあとからあとからあふれ出し、なんとも甘酸っぱい気持ちで心が満たされると共に、「誰かに見られていないだろうか」との恥ずかしさで僕は顔面は火に覆われたような熱さを覚えました。
あわてて手紙を机の中に戻し、何事もなかったかのように授業を受けましたが、おそらく、頭の中は手紙のことでいっぱいだったと思います。
早く中が読みたくて、授業が終わるとこっそりと手紙を制服のポケットにしのばせ、トイレの個室にこもりました。
むさぼるように読んだ手紙の内容は、楽しかった小学校での二人の思い出を今でも忘れていないということ。僕への好意がまだあること。その他にもあったかと思いますが、よく覚えていません。
その後は部活がなかったのもあり、一人で帰ることになりじっくり手紙を見返すことができました。うれしくて、うれしくて、叫びだしたいくらいのワクワク感が押さえきれず、意味もなく途中にダッシュやジャンプを入れつつ家路に着きました。

しかし、家に近づくにつれて、今度は不安な要素に思いあたり、足が止まりました。それは一歳下の妹の存在です。当時、スポーツ刈りにして部活に打ち込んでいた僕は、当然色気のかけらもなく、ちょうどその頃おしゃれに目覚めだしていた妹の存在は本当に疎ましいものでした。何かにつけ僕のあらを探しては「ダサい、かっこ悪い」と文句につぐ文句を言われてからかわれていましたので、手紙の存在を知られた時の事を考えると、鬼の首を取ったように周囲に触れ回り、僕を地域の笑いものにする事は目に見えており、恐怖を覚えました。また、Mちゃんの一途な思いを誰かに言ったら穢してしまう気もしたのです。
家の近くで思いをめぐらした僕は、ふと思いつき、途中になる林の中の木のうろ(空洞になっているところです)に手紙をそっと隠しました。そして、一抹の不安を抱きつつ、その場を後にしました。
手紙を隠した夜はなかなか寝付けず、ほわほわした気持ちが胸にありくすぐったいような、しかし不安なような複雑な気持ちでした。なにより、スポーツ刈りスポーツ少年だった自分の今の姿を知ったら、Mちゃんは幻滅するのではないかと思いました。

翌日から、部活の練習が本格的になり、また部活後の友達づきあいもあったこともあり、徐々に帰宅時間が遅くなりました。頭に手紙のことはあったものの、暗くなった林の中では手紙を隠した木の発見は容易ではなく、また普通の中学生の例に漏れず自分も寝坊助であったため、早起きして手紙の存在を確認することはできませんでした。そして、何事もなかったかのように日々の生活が続いていき、今思えば大変申し訳なく、また悲しいことですが手紙の存在は自分の記憶から徐々に薄れていきました。

ところがその平穏な日々はあることをきっかけとして一変したのでした。手紙を手にしてから二週間程たったある日、他のクラスのHさんという女子(名前と顔は知っていましたが話したことはありませんでした)が、体育が終わって教室に戻った僕のところにやってきました。
「あの、私Hっていうんですけど、Oくんだよね?ちょっと前に机の中に手紙入ってたの気づいた?」
ちょっと大人びた雰囲気のHさんに真剣な目で見つめられ、そう言われた瞬間に、突如として手紙の存在を思い出し、その発見から木のうろに隠したことが急速に思い出され、“しまった!”と血の気が引いていくのを思い出しました。
頭の中では脳の限界に近いスピードで考えが渦を巻いていきます。
“ああ、見たよって言えばいいけど、Mちゃんの気持ちを考えると、まさか隠してそのままほったらかしにしてあるなんていえないし、おまけに返事も書いてないし、絶対見たっていえないよな…”
「ううん見てないよ?何手紙って?」
そう返事をするまでの時間はほんの一瞬だったと思います。
「そう、じゃあいいんだけど…」
そういってクラスを後にするHさんの横顔がちらっと見えましたが、残念そうな、さびしそうな、なんともいえない複雑な表情でした。北海道に転校したMちゃんからことづかって手紙を僕の机に入れてくれたのは彼女だったのでしょう、自分の手で確かに入れたはずの手紙を“知らない…”といわれたことの意味をMちゃんにどう伝えるか、きっと“残念だけど…脈はないんじゃないかな…”と、そう伝えることは想像に難くありません。
“違うんだ、手紙はちゃんともらったよ!僕も今でもMちゃんのことは…”、一言そう言うだけでよかったのです、しかし僕はそうできませんでした。
こういう状況になってしまったら、Mちゃんに気持ちを伝える方法は一つしかありません。手紙に書いてあった住所に宛てて、自分の本当の気持ちを書いた手紙を送るのです。
僕はなかなか終わらない学校がじれったくてしようがありませんでした。

その日から定期テスト期間だったため、放課後部活はありませんでした。いつも一緒に帰る友人に見つからないようにこっそりと教室を後にしました。靴を履くのももどかしく、手紙を隠した林に向かって全力で駆け出しました。
5分程止まらず走り続け、林が見えてきました。僕は心の中で、「今度こそ勇気を出して手紙を書こう」と決めていました。
見覚えのある木に近づき、うろの中をのぞきこんだ僕は、その瞬間固まりました。

「な・・・ない!!」

確かに入れたはずの手紙がないのです。違う木に入れたのかもしれない、と思い林中の木を一本一本血眼で探しました。しかし、どの木を探してもありません。再び最初の木の近くに戻ってきた僕の視界の端に、白い物体が映りました。近づいてみると、低い潅木のてっぺんに白い紙が張り付いています。まさに、それはMちゃんの手紙の残骸でした。雨ざらしになり、もはや字も読めなくなった便箋を手に取り、僕はただ途方にくれるばかりでした。

それからの毎日は、思考回路がふたつの考えの間をいきつもどりつする日々でした。
“思い切って手紙をなくしてしまったことをHさんに伝えてMちゃんの住所を教えてもらおう”
“いや、手紙を見てないってうそをついたあげく、手紙をなくすやつだったなんてばれたら、それこそ嫌われてしまう”
考えれば考えるほどわけが分からなくなり、僕は部活や勉強に逃げ道をみつけてなるべくそのことを思い出さないようになっていきました。しかし、いつも心の片隅にはMちゃんへの罪悪感が張り付いていました。

あっという間にいくつもの季節が過ぎ、2年生になりました。僕はひそかに、“Hさんと同じクラスになったら”
と期待していました。もしかしたら、何かのきっかけで親しくなり、例のことを話し出すきっかけがもてるかも
しれないと思ったのです。

しかし、その結果は…

Hさんと同じ部活に入っていた女子から聞けたのは、「あ、あの子転校したらしいよ…」という言葉だけでした。
その子はHさんと余り親しかったわけではなく、引っ越した先は知らない、とのことでした…


かくして、僕がMちゃんに連絡を取るすべは全く失われてしまいました。

しかし、今でも当時のことを思うと、胸がうずきます。
「あの時、もっと勇気を出していたら…正直に謝ることができたら…手紙をきちんととっておいたら・・・」
思えば思うほど、後悔の念が湧き、いくじなしであった自分が情けなくて仕方がありません。
それからの僕は、何か判断を迫られる局面になると“後悔をしないように…”という行動をとるようになりました。恋愛面をはじめ、いろいろと大胆なこと、今思えば恥ずかしいことも数々やってきましたが、思えば悲しいパンクスピリットです。

そしてもはや青年の時期も過ぎ、「枡野浩一のかんたん短歌ブログ」の読者になりました。きっかけは、冒頭で述べたとおり、眞鍋かをりさんとの対談「ウェブログ虎の穴」からリンクをたどってきたことです。短歌は投稿したいけれど、ブログを立ち上げるのは面倒だな…そう思っていた僕の中にある思いが湧きました。

「もしかしたらMちゃんに、あのときの気持ちを、伝えられるかもしれない。こんなことがあって、伝えられなかったけれど。」
勝手なエゴかも知れませんが、それからの僕は驚くほど積極的でした。そして“なまじっか…”開始の運びとなり、晴れて投稿開始となりました。“岡本雅哉”は本名ではありませんが、Mちゃんが見れば誰が書いているかは分かると思います。おそらくMちゃんももう、今は誰かと結婚し、家庭を築き、彼女なりの人生を送っていることと思います。ですので、このブログをきっかけにあの頃に戻りたいとか、今からでも二人の思いを確認しあって…とかいう気持ちはありません。それに、Mちゃんには見て欲しくないような気もしており、自分でもよくわからないのです。そのあやふやな気持ちを何とか言葉にしてみます。ありふれた表現になってしまいますが。
“ほんとうにあの時はごめんなさい。でもありがとう。”

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